女房ががんと診断されたあと、
夫婦の会話は一時的に減った。
ケンカをしたわけでも、仲が悪くなったわけでもない。
ただ、何を話せばいいのか分からなかった。
下手なことを言って傷つけたくない。
でも黙っていると、距離が広がる気がする。
その板挟みが、想像以上につらかった。

励ましが、逆に相手を追い詰めることがある
ある日、思い切ってこう言った。
「前向きに考えよう。治療すればきっと良くなる」
その瞬間、女房の表情が一瞬だけ曇った。
責められたわけでも、怒られたわけでもない。
ただ、
**「前向きでいなきゃいけない空気」**を
無意識に押しつけてしまったことに気づいた。
病気と向き合っているのは彼女なのに、
夫の善意が、重荷になることもある。
このとき初めて知った。
夫婦の絆は「何かをすること」じゃなかった
それから、無理に言葉を探すのをやめた。
励ましも、答えも、前向きな言葉も手放した。
代わりにしたのは、
いつも通りの時間を一緒に過ごすことだけ。
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何気ないテレビを一緒に見る
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治療の話をしない日を作る
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沈黙を無理に埋めない
すると不思議なことに、
少しずつ会話が戻ってきた。
大きな話じゃない。
「今日は寒いね」
「このお茶、前より苦くない?」
そんな取るに足らない言葉が、
夫婦を現実に引き戻してくれた。
支える側の夫が、一番孤独だった夜
夜、女房が眠ったあと、
一人で台所に立つことが増えた。
誰にも見られない場所で、
初めて感情が動いた。
怖かった。
先のことが分からなくて、不安だった。
もしものことを考えてしまう自分が嫌だった。
でも、その気持ちを
女房には言えなかった。
「支える側が弱音を吐くわけにはいかない」
そう思い込んでいたからだ。
今思えば、
それが夫として一番の勘違いだった。
がんが教えてくれた「夫婦の現実」
病気は、夫婦の関係を壊すこともある。
でも同時に、嘘を削ぎ落とす。
・無理をしていたこと
・分かったふりをしていたこと
・当たり前だと思っていた日常
それらが、音を立てて崩れる。
そして最後に残ったのは、
「一緒にいる」という、
驚くほどシンプルな事実だった。
完璧な夫じゃなくていい
がんと向き合う中で、
何度も思った。
もっと気の利いた言葉が言えたら
もっと強い夫だったら
もっと頼れる存在だったら
でも、女房が一番落ち着いていたのは、
何もしていない時間だった。
ただ隣にいるだけの、
不器用な夫の存在だった。
同じ立場にいる夫へ、もう一度
もしあなたが今、
「何をすればいいのか分からない」と悩んでいるなら――
答えは、意外と単純かもしれない。
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無理に前向きにならなくていい
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支えようと頑張りすぎなくていい
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逃げたくなる日があってもいい
そばにいること自体が、十分すぎる支えだ。
夫婦の絆は、
特別な言葉や行動で強くなるわけじゃない。
苦しい現実の中で、
それでも一緒に時間を過ごす選択を
何度も繰り返した結果、
静かに、確かに深まっていく。



