女房ががんと診断された瞬間、夫の本音

女房ががんと診断された瞬間、正直に言えば――
何も感じられなかった。

医師の口から「がんです」という言葉が出たとき、胸が締めつけられるような悲しみや、涙があふれるような衝撃を想像していた。
でも現実は違った。
頭の中が急に無音になり、感情が一切動かなくなった。

ただ、女房の横顔だけを見ていた。
うつむき加減で、静かに話を聞いているその姿が、やけに現実離れして見えた。

「俺がしっかりしなきゃ」という重さ

その瞬間、心の中に浮かんだのは愛情でも恐怖でもなく、
**「俺が倒れるわけにはいかない」**という、得体の知れない重さだった。

泣いてはいけない。
取り乱してはいけない。
弱い姿を見せてはいけない。

夫として、支える側として、冷静でいなければならない。
そう自分に言い聞かせるほど、感情にフタをしていった。

今思えば、それが一番つらかった。

なぜ涙が出なかったのか

後から何度も自分に問いかけた。
「冷たい夫なんじゃないか」
「本当は怖くなかったのか」

答えは単純だった。
怖すぎて、感情が止まっていただけだった。

人は本当に受け止めきれない現実に直面すると、
悲しむ前に“考えること”をやめる。

  • これからどうなるのか

  • 治るのか

  • 仕事はどうする

  • 生活は回るのか

そんな現実的な思考が、感情を押し流してしまった。

「大丈夫だよ」と言えなかった理由

診察室を出たあと、女房は何も言わなかった。
その沈黙が、逆に重かった。

何か言わなきゃと思った。
でも「大丈夫だよ」という言葉は、喉の奥で止まった。

大丈夫なはずがない。
自分自身が、まったく大丈夫じゃなかったからだ。

励ます言葉を探すほど、
自分が何も分かっていないことを思い知らされた。

夫は「強くあれ」と言われ続ける

妻ががんと診断されたとき、
周囲は自然と妻を中心に動く。

それは当然だし、間違っていない。
でもその裏で、夫は暗黙のうちにこう扱われる。

  • あなたは大丈夫でしょ

  • 支える側だから

  • 男なんだから

誰も悪気はない。
ただその期待が、じわじわと心を削っていく。

弱音を吐く場所がない。
怖いと言う相手がいない。
泣いていい理由が見つからない。

本音は「逃げたかった」

ここだけは、正直に書いておきたい。

あの瞬間、頭の片隅で
**「この現実から逃げたい」**と思った。

病院を出たら、全部夢だったことにしたかった。
何もなかった昨日に戻りたかった。

それでも足は止まらなかった。
女房の横に立っていた。
それしか、できなかった。

それでも「一緒にいる」と決めた

夫として立派な決意があったわけじゃない。
覚悟が決まっていたわけでもない。

ただ、
「一人にはできない」
それだけは、はっきりしていた。

強くなくてもいい。
正解が分からなくてもいい。
何もできなくても、そばにいる。

それが、あの瞬間の夫としての本音だった。

同じ立場の夫へ

もし今、あなたが
妻のがん診断を前にして立ち尽くしているなら――

  • 泣けなくてもいい

  • 何も言えなくてもいい

  • 逃げたいと思ってもいい

それは、冷たいからでも弱いからでもない。
人として、普通の反応だ。

夫はヒーローじゃなくていい。
ただ、同じ時間を生きる人でいればいい。

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